灌流画像 > Xenon−CT

歴史 原理 検査法 臨床例 長所と短所 参考文献

Xe-CTの歴史

Fickの原理

有名なFickの原理を,Adolf Fickが発表したのは1870年のことである.Fickの原理(図1)は,示標物質が測定系内で保存されれば(=代謝による増加/減少がなければ),目的臓器における示標物質の摂取量と,その入口と出口での濃度から,流量を知ることができるという単純明解なものであるが,現在も生体内血流測定法の大部分は,この原理を基本としている.

Fickは,心拍出量の測定法を考える中でこの原理を提唱しており,総酸素摂取量,および心臓の動脈血,静脈血中の酸素濃度から心拍出量を知ることができると考えたが,実際に心カテーテル法が発達して人間での心拍出量測定が可能となったのは1940年代のことであった.

1945年,Kety and Schmidtは,示標物質にN2O(笑気)を用い,Fickの原理を使って人間の脳血流量の測定に初めて成功した.その後1951年には,示標物質の肺および脳組織中の交換も含めた系を考え,Fickの原理を微分方程式の形で表現した(Ketyの式→原理の項(式3)).現在のXenon-CT検査も,この式を基にしている[1-3].


図1.Fickの原理.
示標物質(トレーサ)が血流により臓器に流入,流出するとき,血流量をF,入口(動脈)および出口(静脈)での示標物質の濃度をCa, Cv,臓器での示標物質の単位時間当り摂取量をQとする.系内で示標物質が保存されるとすれば,

F・Ca-Q=F・Cv,すなわち Q=F・(Ca-Cv).

従って,Q, Ca, Cvを知れば血流量Fを知ることができるというのが,Fickの原理である.

Xeガス

Xenon(原子番号54,原子量131)は,稀ガス類に属する物質で常温では気体である.1951年に麻酔作用があることが報告され,その機序を解明する目的から安定同位体である133Xeによる実験が盛んに行なわれた結果,脂溶性が高く,特に神経組織に多く分布すること,脳血液関門を自由に通過すること,生体内できわめて安定であることなどが知られるようになった.

Xeガスのこのような性質は,脳循環測定に好適である.初期には頸動脈に133Xeを注射し,頭部においたγ線検出器で放射能を体外計測することにより脳循環測定が試みられたが,その後1967年にOrbistらにより133Xeを吸入することにより,より低侵襲に測定する方法が確立された.

1970年代に入り,X線CTが登場して間もなく,原子番号の大きい非放射性Xeガスの造影効果を利用する方法を,Kelcz[4]らが提唱し,断層面における解剖学的対応のある局所脳血流量の測定が可能となった.

>

Xe-CTの原理

以下の説明では,Xe吸入開始時点を時刻t=0とし,時刻tにおける動脈血,脳組織,静脈血中のXe濃度をそれぞれCa(t), Ct(t), Cv(t)とする. Xe濃度[%]とCT値[HU]の関係は線形であるが,CT装置,撮影条件に依存するので,使用する環境に応じて換算係数を求めておく必要がある.この換算係数により,画像上のROIで直読したCT値をそのまま濃度に置き換えて考えることができる.

Ca(t)を求める

動脈血中のXe濃度Ca(t)の求め方にはいくつかの方法があり,最も直接的なものは動脈血採血であるが,現在行なわれている一般的な方法は,非侵襲的に終末呼気中Xe濃度からこれを求める方法である. Xeガス吸入中の被検者のマスク内のXe濃度を,マスクにセットされた濃度計で連続的にモニタすると,図2の赤いグラフのような曲線が得られる.

すなわちXe濃度は,一定の吸気中濃度と徐々に上昇する終末呼気中濃度の間を上下する.吸気中のXeは,肺胞から速やかに動脈血中に移行して平衡に達することが知られており,この場合,終末呼気Xe濃度Ce(t)は動脈血中濃度Ca(t)に等しいと考えられる.ただし,Ca(t)はヘマトクリット(Hct)に依存するので,測定時のHctによる補正が必要である.Ce(t)とCa(t)の間には,以下の関係がある.
     Ca(t) = Ce(t)・(0.10+0.001Hct)

一般に,Xe吸入中のCa(t)は,指数関数で表わすことができる.
     Ca(t) = Camax[1 - exp(-Rt)]  (Camax = Ca(t→∞))

図2.Xe濃度の経時的変化.
縦軸はCT値(HU)に換算したXe濃度.横軸は時間(分).マスク中のXe濃度(赤)は,設定した吸気中Xe濃度と終末呼気中濃度Ce(t)(青)の間を振幅する.終末呼気濃度は動脈血中濃度Ca(t)を反映すると考えられる.緑の曲線は脳組織のXe濃度Ct(t)を示す.

CBFを求める

Xeは脂溶性の拡散トレーサであり,血中から脳組織中に拡散,溶解して速やかに平衡に達する.このとき,脳組織と静脈血中の分配係数λとする(毛細血管から脳組織へのXeの拡散が,Ca(t)の変化,流速に比して十分速ければ,λはtによらず一定と考えることができる).
     λ=Ct(t)/Cv(t) … (式1)

一方,微小時間dtにおけるFickの原理を考えれば,上記の図1において,Q, Ca, Cv, FをそれぞれdCt(t), Ca(t)dt, Cv(t)dt, CBFに置き換えると,図3のごとく各ボクセルについて微小時間dt内に血管から組織に流入するXeの量dCt(t)は,
     dCt(t)=CBF・[Ca(t)dt - Cv(t)dt] …(式2)

式1と式2から
     dCt(t)/dt=CBF・[Ca(t)-Ct(t)/λ] …(式3) [Ketyの式]

初期条件Ct(0)=0とすれば
     Ct(t)=CBF・∫exp[k(u-t)]Ca(t)du (ただし k=CBF/λ) …(式4)

ここでkは,Ct(t)の立上がりを示す定数となる.異なる時刻tにおけるCa(t),Ct(t)を何点か求め,これをこの式に当てはめることにより未知数CBFλを求めればよい.しかし,式は1つで未知数は2つあるので,計算にはそれなりの工夫が必要である.またXe吸入による各ピクセルのCT値上昇はたかだか数HUであり,ノイズの影響が大きい.このため,きれいなマップを得るには前処理として適当な平滑化が必要である.具体的な計算法は,参考文献[1,3]に詳述されている.


図3.Xenon CTの原理
個々のボクセル(灰色の領域)について,上述のFickの原理を適用し,微小時間dtについて脳組織のXe濃度がdCt(t)変化すると考える.この時のXeの組織中への移行率は,分配係数λによって決まる.Ca(t),Cv(t)は実測できるので,未知数はCBFとλとなる.

λの意味: λは,Xeの血液への溶解度と脳組織への溶解度の比であり,Xeの脂溶性から,白質では大きく(1.2〜1.6),灰白質で小さい(0.9〜1.1)値を示す.最も確実にλを求めるには,脳組織のXe濃度が完全にプラトーに達してから測定すれば良いが,長時間の検査は実際的ではないので計算で求めることになる.一般に,病変部のλは低下することが多く,その変動は非特異的である.このためλマップの臨床的意義は乏しいと思われ,活用する場面は少ない.


このページのはじめへ

検査法

Xeガスを一定濃度で供給する閉鎖式回路の装置を使用し,被検者はフェースマスクを介してXeと空気の混合気を呼吸する.Xeガスには軽度の興奮作用があり,検査中の体動を避けることができないため,頭部を加圧式バッグなど,適当な固定具を用いてしっかり固定することが重要である.

検査中は,吸気・呼気中Xe濃度,酸素濃度,二酸化炭素濃度をリアルタイムにモニタする.このうち呼気中濃度から前述の方法で動脈血中Xe濃度を求めることができる.具体的な検査法は施設や症例により異なるが,一般的なWash-in法の例をあげる.

(1) Xe吸入開始前に,コントロール(t=0)として全脳CTを撮影.
(2) Xeガス(30%)吸入を開始.
(3) 60秒毎に,にそれぞれ同じ条件で8回撮影を繰り返す(スライス厚5mm,スライス枚数6枚,1秒スキャン,120kVp, 250mA).
(4) Xeガス供給停止.
(5) 画像データをワークステーションに転送して解析.

撮影回数(=サンプルポイント数)は,測定前を含めて最低でも5回以上が望ましく,回数が多いほどカーブフィッティングの精度は向上するが,被曝線量は回数に比例して増加する.Xeガスを供給しながら3回測定した後,引き続き供給を停止して体内からXeが洗い出される過程で3回測定するWash-in/Wash-out法の妥当性も検証されており,この場合はXe吸入時間を短縮することにより侵襲を軽減できる利点がある.


図4. Xenonガス供給閉鎖式回路の一例(参考文献[1]より)


このページのはじめへ

臨床例

54歳男性. 左内頸動脈狭窄.
左中大脳動脈領域のCBF低下,およびDiamox反応性の低下が認められる.

このページのはじめへ

長所と短所

長所

(1)豊富なエビデンス
  Xe-CTは,臨床的CBF計測法として核医学についで長い歴史があり,様々な臨床的状況での有用性に関するエビデンスが蓄積されている.

(2)定量性に優れる
 その定量性については現状ではPETと並んで最も信頼性が高いと考えられており,他の灌流検査を検討する上で,しばしばGold standardとしての役割を果たす.

(3)空間分解能が高い
 CTPと同じく,CTの高い空間分解能を生かした高精度の局在診断が可能である.

短所

(1)特殊な装置が必要
 特殊なXe供給装置が必要であることから,比較的少数の限られた施設でのみ行なわれているのが現状である.

(2)Xeガスの侵襲性
 Xeガスには軽度の興奮作用があり,検査中に不穏,嘔吐などを惹起することがある.検査にあたっては,被検者を十分固定することが必要であるが,それでも体動による画像劣化が少なくない.

(3)X線被曝
 繰り返しX線CTを撮影することから,適切な線量設定が必須である(→CTPの頁参照).

(4)CBF以外のマップが得られない
 Xe-CTで得られるパラメータ画像は,CBFマップ(およびλマップ)のみである.CBV, MTTなどの情報は得られない.

《参考文献》
1) 鈴木,瀬川編.キセノンCTによるClinical CBF Measurement(にゅーろん社,1993)[ Xe-CTについて書かれている日本語の成書としては,これがおそらく唯一のもので,原理から臨床まで詳述されているが,残念ながら絶版のようである.図書館などで参照されたい.]
2) Obrist WD. The history and development of CBF measurements. Keio J Med 49 Suppl 1:A1-3, 2000 [ Xe-CTの背景,原理が簡潔に要約されている.なお,Keio J Medのこの号は,The 4th International Conference on Xenon CT-CBF and Related CBF Techniquesの予稿集となっており,Xenon-CTに関連する諸問題を概観するには適当である.]
3) 小原,福内.脳循環測定の原理と方法.Brain Medical 7:39-44,1995 [ CBFを求めるための理論と具体的なアルゴリズムがわかりやすく解説されている.]
4) Kelcz F et al. Computed tomographic measurement of the xenon brain-blood partition coefficient and implications for regional cerebral blood flow: a preliminary report. Radiology 127:385-92,1978 [ 非放射性XeガスによるCBF測定法の嚆矢となった論文.]

このページのはじめへ